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中也の何処が好きかと問われれば、
強くて頼もしくって、時々手古摺るほど頑迷だけど 揺ぎ無い人で、
物知りでやさしくて、何につけ惚れ惚れするほど男らしくて。
やんちゃな顔して はっちゃけもするけど、(あと、マフィアとしては徹底していて怖い人でもあるけど)
その実、根っこのところでは懐ろが深くて大人なところ…と、
それは嬉しそうに指折り数える敦くんだったのを、不本意ながらも思い出す。
本当はもっともっといっぱい魅力的で素敵な人だのに、
自分にはそれを的確かつ華麗に描写するだけの語彙が足らないのが歯がゆいとかで。
口惜しいといいつつ、でもそういう話が出来る相手がいるのも嬉しいか、
内容はいただけないものの そりゃあもう抜群にいいお顔をしてくれるのが、
こっそり太宰の側にも嬉しかったものだのに。
「ねえ、敦くん、中也はどうなるの?」
何でだか、妙な言動を繰り出す少年へ、手を焼いたのも初手のうち。
太宰が振りかざしたのは最強の切り札。
というか、芥川もあまりの展開についうっかり忘れていたこと、
それは重要な人物の名を突き付けた太宰であり。
途端に、芥川の肩に腕を伸ばし、このまま掻っ攫うぞとの勢いさえあった虎の子くん、
「ちゅうや?」
え?と意外そうな顔になり、挙動が止まる。
「ちゅ、や…。」
声を掛けた太宰を見るでなし、
微妙な発音なまま口の中で何度も“ちゅうや?”と繰り返す。
その様はさすがに異様で、
「…人虎?」
「敦くん。」
それを見守る面々の心情の温度が作用してか、
安穏で静かだった茶房の空気が凍りそうになったほど。
だってこの子にとってのその名は、
今や何にも代えがたい、大仰に言って絶対な存在の名だというに。
今の今まで忘れていたのか、いやいやこの様子は異様に過ぎる。
「まさか、封印されていたとかいうんじゃなかろうね。」
ある意味、これではっきりした。
太宰が触れても変化がなかったのだから、誰ぞの異能のせいではないながら、
何か人為的な作用によって、敦には意志だか記憶だかを操作されている疑いがある。
「人虎?」
必死になって思い出そうとしているものか、
はたまた何かの禁句を振られた魔性が 彼の中でささやかな抵抗をしているかのような。
戸惑いとも困惑とも取れそうな反応で、視線をグラグラと揺らしている。
これはまずいのではと、今にも過呼吸か何かを起こして倒れないかと案じ、
敦と太宰を代わる代わる見やる芥川なのへ、
そういう不安を把握した上でだろう、それでも泰然としたままの太宰は、
「安心しなさい。解決策が向こうから来るからね。」
何がどう判っておいでなのやら、
相変わらずに何もかも見通せるお師匠様、そんな風に口にしたところへ、
カラランとやや控えめにカウベルの音がして、
「敦。」
「敦、ちょっと辛抱しな。」
店の扉を押し開き、颯爽と入って来たのは白黒の二人連れ。
片やは、今話題にしかかっていたポートマフィアの黒衣紋の上級幹部の君で、
もう片やは、黒髪を大きな蝶の意匠のバレッタで飾り、
引き締まった痩躯へ白ブラウスが何とも凛々しく映える、武装探偵社の正義の魔女医。
その女医せんせえの方が、先に白の少年へ手を伸ばすも、
「…っ。」
勘がいい彼のこと 不意を衝かれたにもかかわらず咄嗟に身を躱して避けんとする。
そこを、あとに続いた幹部殿が要領よくも捕まえて、女医へと向かい合わせの恰好へ固定してやり、
「そ〜ら、坊や。いい子だから目をお覚まし♪」
最初の一閃は躱されたが流れるような手並みは鮮やか。
与謝野せんせえの手がぱふりと敦の口許へ伸ばされて、
少し大きめの畳んだガーゼのハンカチのようなものが鼻と口とへかぶせられる。
何だ何だと驚きに括目していた少年は、だが、
「…っ! ひゃあっ!!」
それでなくとも嗅覚が鋭い虎の子、刺激臭でも嗅いでしまったか、
罰点印のようなほど むぎゅうっと眉と目許をきつくしかめ、
そのままくしゃみを連発し始めて。
乱入して来た彼らにはそれこそが誘いたかった仕儀だったらしく、
やっと手を離されたそのまんま、
すとんとしゃがみ込んでしまった敦くんだったものの、
「…あれ? 何で…ここ、うずまきだよね?」
少し赤くなった鼻をこしこしと擦りつつ、顔を上げて辺りを見回し、
何で此処にと、まずは想定外らしい場所へと小首を傾げ。
それから自分を案じるように見下ろす芥川に気づくと、
「あ、ごめん、駅前で待ち合わせてたのにね。遅いからって見に来てくれたんだ。」
直前までのあれやこれや、
結構 胃に来そうな展開へなだれ込み掛かってた様相だったのに、
いっそ晴れ晴れと何にも覚えていないのか、
申し訳なさそうに細い眉じりを下げ、そんな言いようを口にする彼で。
「ああいや、構わぬが…。」
あの奇天烈でうすら怖かった嵐は去ったのか? 本当に?
どんな絶対不利へでもシニカルに笑ってやり過ごせる黒獣の君が、
恐る恐るに空気をまさぐりながら応じたの、可愛いなぁと苦笑しもって見やった太宰の笑顔へ、
「???」
やっぱりなんだか合点がいかないんですがと、
自分への注目が降りそそぐ中、落ち着かないよぉと周囲を見回した視線の先、
思いがけない存在を見つけると、そんな薄雲ってた表情も一変し、
「ちゅうやさん?」
破顔一笑、駆け寄りながら“何故ここに?”と嬉しそうに口にしたものだから、
“あああ、やっと正常に戻ったか” × 3
よかったよかった、この吉報、誰に一番に伝えたいですか?
そんな風にインタビュワりたくなる空気が流れる。
カウンターを挟んだ向こうにいらしたマスターまでもが
うんうんと感慨深げに頷いておいでで、(居たんですよ、当然)
「今日ってお仕事ですよね、何でここへ?」
「ああいや、別件で近くまで来たもんでな。それより出掛けるんじゃなかったか?」
「はいvv」
△△百貨店へ鉄道模型作家のジオラマ、レイアウトっていうのを観に行くんですよ?
有名なドールハウス作家との合作とかもあるそうで、
鏡花ちゃんへウサギのストラップ買ってくって約束していてvvと
それは無邪気に語る彼で。
子供のような笑顔にこちらまで絆されたか、
中也もまた端麗な細おもてを暖かくほころばせる。
「ほら行ってきな。ああそうだ、何かうまいものも食って来い。」
手慣れた様子で“こづかいだ”と、ズボンのポッケへ紙幣を幾許かを突っ込むところも洒落ており。
え"と遠慮しかかった少年へ、
「本当なら一緒に連れてきたいところだ、このくらいの我儘くらい聞いてくれ。」
な?と、
耳元へ低いお声で囁く辺りがこなれておいで。
それへと少年の側が “もうもう”と真っ赤になったのは、
子供扱いへ怒ったか、いやいや知り合いが多数いる前だったのが恥ずかしかったのだろう。
それでも、これ以上ごねると“もっと恥ずかしい方法で黙らせるぞ”となるのが明白だったので、
「行ってきます♪」
楽しそうに歩みだし、
その傍らを通り過ぎつつ芥川の腕を取る所作にも、先程までの狂気はない。
「???」
何だ何だと、そちらさんは まだちょっと消化不良なものがあるものか、
微妙に理解不能な様子の芥川だったが、
大人らの誰にも止める気配はなかったそのまま
うずまきのドアから出てすぐの舗道で、
ビルヂングの横手へ空いた路地の先からちらりと見えた白いものへ、
ああ成程〜とやっとのことで何かしら察した。そこへと畳みかけられた、
「梶井ぃ〜〜〜。」
先程までのそれとは打って変わって、いかにもおどろおどろしいそれ、
中也が腹の底から発した、夏向きの低い声がそれへのダメ押しとなり、
「え?」
今のって何?と、今度は敦が怪訝そうになったが、
「気にするな。」
それより急ごうと、薄い肩をくるむニットの背を押し促してやる。
“後は皆さんへ任せりゃあいい。”
このくらいへは察しがよくなったのも、この無邪気な少年と過ごす時間が増えた効用だろうか。
もっと踏み込んで先のこととか考えなさいと、
かつて瞬発的過ぎる思考をため息交じりに叱られていたの、少しは改善しているのだろうかと、
襟元に増えたアイテムの感触を、持ち主の残り香ごとくすぐったげに堪能しておれば、
「なあ、ボクがどうかしていたのか?」
流石に自分だけ事情が判らないのが居心地悪いらしく、
背中を押して離れようとする芥川を、敦が“なあ”と肩越しに振り返る。
「何でそう思う。」
「だってさ、みんながじぃって見守ってたし。」
心許ない子だといちいち見守られる段階は卒業したはずなのに、
一体何を案じられていたものか。
同じ場に居た太宰さんも与謝野さんも、優しくないわけじゃあないが、
「何でもないときはもっとこう、さばさばした応対になる人たちなのに。」
彼なりの把握を並べ、それがああだったということはと、
やはり何かあって案じられてたってことだろうと察したようで。
「芥川だってそうだろ?」
「何がだ。」
おや、自分もか?と、やや見張った双眸を瞬かせれば、
「だから。最近やっと、守ってやらにゃあって庇い方が緩くなってたのに。
さっきはそりゃあ心配そうに覗き込んでたじゃんか。」
「…っ。」
足元不如意から転びそうになると羅生門が延びてきたり、
よそ見していて電柱にぶつかりそうになったら肩を引いて止めてくれたり。
危ないなぁって庇っててくれてた…と、自分で数え上げるのへ、
「それは貴様があまりにうっかり者だからだ。」
襲撃の気配には敏捷に反応する癖に、
何の害意もない無機物へ自分からぶつかりに行ったりするから止めるのだろうが。
「でも、最近は3回に1回は見逃してるじゃん。」
「……庇いすぎはためにならんと太宰さんに意見された。」
ご自身は飴しか与えぬ教育しているくせに。
さては、甘やかせばそりゃあいいお顔でごめんねとかありがとうとか笑ってくれるの
ようよう知ってて独占したいのかも知れぬ、なんて。
こそりと抱えてた憤懣まで思い起こしておれば、
「うん。いつもごめんね。」
眉を下げてのふにゃりんと、
やっぱりやわやわの甘ったるい笑いようをしてしまう虎の子くん。
本人にそういう意図がないのが一番問題な、無自覚での天使っぷりが、
ただの天真爛漫という枠を超え、
とんだ騒動を巻き起こす火種になってたのは絶賛公開中の劇場版だが、(おいおい)
“此奴がそうでいられることへ、此方もホッとしているようではな。”
天下の犯罪組織、ポートマフィアの上級幹部格が二人も、それへ振り回されているのだ、
わざわざの混乱や騒動を望んじゃあいないが、それでもなんだか順番がおかしいかも知れぬと、
くつくつという笑いが止まらない、芥川であったらしい。
to be continued. (18.04.13.〜)
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*うあぁあ、まだ終わらない。何でなのぉ。
という訳で、騒動は一応これで締め。次は解説です。
マッドサイエンティストの梶井さん、
ウチでは超天才だけど おバカって扱いなので 先に謝っとこう、すいません。

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